コンタクトレンズの歴史 |
ここでは、コンタクトレンズの歴史について簡単に触れていきたいと思います♪ |
■ コンタクトレンズの発想 |
そもそも、コンタクトレンズの歴史は、1508年にレオナルド・ダ・ビンチが、表面が凸凹の角膜でも水を張った容器などに眼をつけるとよく見えるようになることを指摘したことから始まったと言われています。そのことからレオナルド・ダ・ビンチがコンタクトレンズの原理の創案者であると考えられています。その後1637年に出版されたフランスの古い書物に、デカルトという人物が水を入れた筒の両端にカーブしたガラスを取り付けたものを目にかぶせて、近視や遠視の強さを調べたと記載されており、デカルトがコンタクトレンズの創始者といわれています。
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■ 〜19世紀後半 |
1887年頃には、オーゲン・フィック(A.Eugen Fick)というスイスの眼科医師が、最初ウサギの目で実験をし、ウサギがそれほど苦痛なくレンズをつけることができたことを確認し、次にガラス製の人間用のコンタクトレンズを作り、自分の目にはめる実験を行いました。フィックはガラス製のレンズを不正乱視の患者の眼に装用させることを思いついたんだそうです。そして、このことを「Eine kontactbrille」という本に記載しました。この「kontactbrille」から現在のコンタクトレンズの名前ができたといわれています。しかしながら、眼の表面をすっぽり覆う固いガラスのレンズだったので、当然長い時間装用できるようなものではなかったそうです^^;
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■ 〜20世紀前半 |
その後、同じドイツのMullerがレンズの製作をカールツァイス社に依頼しました。これが本格的なコンタクトレンズの歴史の幕開けだと言われています。しかし、コンタクトレンズが登場した当初は、円錐角膜や強度乱視、無水晶体というような特殊眼の視力矯正を目的としたものにとどまっていたんだそうです。
20世紀になって、1940年代にポリチルメタクリレートを素材とするハードコンタクトレンズ(PMMA)が開発されました。この素材の登場により、ハードコンタクトレンズが一般に普及し始めたのですが、普及するにつれてハードコンタクトレンズの問題(装用になれるまで時間がかかる、一日の装用時間に限界があるなど)が明らかになってきたんだそうです。 ハードコンタクトレンズの問題の主原因は、角膜の代謝に必要な酸素を通さないことだったので、1970年頃から酸素を透過するハードコンタクトレンズ(RGP)の開発がすすめられてきました。
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■ 〜現代 |
一方、1950年代からソフトコンタクトレンズの開発が進められてきました。1955年にチェコスロバキア国立高分子科学研究所のLinが開発し、その材料を同国のWichterleがソフトコンタクトレンズへ応用しました。そして1967年にアメリカのボシュロム社へパテント移行され、1971年にはFDA(米国食品医薬品局)より販売認可が下りて市販されるようになったのです。水分を含む軟らかい素材のソフトコンタクトレンズが開発され、多くの人々が異物感をほとんど感じることなく装用できるようになったのです。その為、柔らかく、酸素透過性もあり、装用感も良いので、ソフトコンタクトレンズは普及率が飛躍的に高まってきていきました。
また、1988年にアメリカFDAで使い捨てコンタクトレンズが認可され、日本でも1991年に認可されました。現在では使い捨てレンズやカラーコンタクトの普及率も高まってきています。
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